『六百句』 |
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一蝶の舞ひ現れて雨あがる
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昭和18年
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鑑賞日
2004年 10月8日 |
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実際は雨があがってから蝶が現れたのだが、倒置的に言っている。このように言うことによって、その時間が凝縮されて読者の脳裡に焼きつく。一枚の絵画を見るような印象になった。 虚子の代表作「桐一葉日当りながら落ちにけり」などもそうだが、永遠を一瞬の内に閉じこめている。永遠は一瞬。また一瞬は永遠だという祝福された時間感覚を抱く。 |
『六百句』 |
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いかなごにまづ箸おろし母恋し
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昭和18年
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鑑賞日
2004年 10月9日 |
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〈いかなご〉は銀色を帯びた体に長い背びれを持った魚で、春になるとこの幼魚が沢山とれる。これを佃煮や煮干しにする。大きいものは天ぷらなどにもなる。 母親がいかなごの佃煮などをよく作ってくれたのだろう。いかなごを食べる時にふとその母の事を懐かしく思ったというのである。「恋し」とあるが「懐かしい」というくらいの感じだろう。昭和18年といえば虚子は69歳である、しみじみとした感じで母を思い出したのだろう。好感の持てる句である。 激しい感じで母を思う句に中村汀女の「曼珠沙華抱くほどとれど母恋し」があり、これもまた好きな句である。ちなみに〈母恋し〉という言葉のある句を検索してみた。 http://www.jfast1.net/~takazawa/ 母恋し赤き小切の鳥威 秋元不死男 |
『六百句』 |
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生きてゐるしるしに新茶おくるとか
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昭和18年
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鑑賞日
2004年 10月10日 |
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この句の直前に「簡単に新茶おくると便りかな」というのがあるから、誰かが虚子に新茶を送るということである。 生きる、というのはそんなに深刻なことではない。茶を飲んだり飯を食ったり、四季折々流れるように生きていけばいいのである。時には激流もあるだろうし、滝のように落花することもあるだろう。しかし大方はゆるやかな流れである。そしてたまには生きているしるしに新茶でも送ればいいわけである。 「流れるように生きる」、これは境地である。これは難しいことだが、虚子が境地を書こうとしていたことは彼の俳句群から伺われる事実である。 |
『六百句』 |
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不思議やな汝れが踊れば我が泣く
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昭和18年
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鑑賞日
2004年 10月11日 |
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〈愛子の母われを慰めんと唄ひ踊り愛子も亦踊る〉と前書
自分の感情をも客観的に捉えているところが面白い。そしてこの感情という現象を不思議だと言っている。逆に言えば、このように何事も突き放して見る境地を貫こうとしている虚子という存在が不思議である。私などに言わせればオイオイと全面的に泣けばいいのにと思う。この泣くという不思議な現象に全面的に入っていけばいいのにと思う。 |
『六百句』 |
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犬ふぐり星のまた丶く如くなり
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昭和19年
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鑑賞日
2004年 10月12日 |
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ここら辺り、年寄りくさい句が並んでいたので、この若々しい感性の句を喜んで頂いた。年寄りくさい句の例をいくつか拾ってみると
枯松の姿を惜み合へるかな 等々である。
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『六百句』 |
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蒼海の色尚存す目刺かな
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昭和19年
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鑑賞日
2004年 10月13日 |
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同じような内容の次の二句を比べて見たい
蒼海の色尚存す目刺かな 高浜虚子 龍之介の句の方が詩的で、目刺を通して海が見えてくる。その海は木枯しが吹いているような海であり、今また自分は木枯しが吹く中、目刺を肴にして酒を飲んでいるというような幅広い連想がはたらく。「木がらし」と「目刺にのこる海のいろ」の二物配合による第三の詩情の表出であると言える。 |
『六百句』 |
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よき蚕ゆへ正しき繭を作りたる
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昭和19年
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鑑賞日
2004年 10月14日 |
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句としての面白みはなく、人生訓のような句であるが、この考え方には基本的に賛成なので頂いた。例えば句作ということに於てもそうである。俳句にはその人の有様がそのまま出る。俳句だけ上手い句を作ろうとしても無駄である。いや上手い句は時にできるかもしれないが、よい句、人の心を打つ句はでき得ない。真面目な人は真面目な句を作る。激しい生き方をしている人は激しい句を作る。虚飾に満ちた生き方をしている人は虚飾に満ちた句を作る。 句作に於てできる事は、最大限その人の有様を正確に写すことだけである。だからまず実人生があって、それから俳句があるということなのである。 |
『六百句』 |
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牛の子の大きな顔や草の花
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昭和19年
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鑑賞日
2004年 10月15日 |
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クローズアップ手法とでもいうか、普段牛の子の顔はそんなに大きく感じはしないが、草の花との対比で大きいのである。多分、この牛の子はこの草の花に興味を示し顔を近づけたのだろう。花の匂いを嗅いでいるのだろうか。この草の花を食べてしまうのだろうか。子供にとって世界は新鮮である。全てが新しく興味を引く。この句も牛の子としたところに手柄があり、みずみずしい自然界の交感が描かれている。 |
『六百句』 |
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秋晴の郵便函や棒の先
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昭和19年
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鑑賞日
2004年 10月16日 |
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馬鹿みたいな句であるが面白い。絵画的でもある。余分な詩情や感情やそういったものは何もなく、あるのはただ棒の先についた郵便箱と秋晴の即物感である。こういう馬鹿みたいな句をしゃあしゃあと書いてものにするところが虚子の力量でもある。 |
『六百句』 |
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山国の冬は来にけり牛乳をのむ
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昭和19年
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鑑賞日
2004年 10月17日 |
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〈牛乳〉に[ちち]とルビ
これは多分温かい牛乳である。しかも搾りたての牛乳がふさわしい。山国の冬は厳しく寒い。そんな冬がやって来た。「これから寒くなるぞ」などと思いながら搾りたての温かい牛乳を飲んでいる。そんな季節感と人間の生活の営みの一場面を感じる。私も山国に住んでいる。そしてまさに冬はやって来ようという季節である。搾りたてのとはいかないが牛乳を温めて飲みたくなってきた。 |
『六百句』 |
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老犬の我を嗅ぎ去る枯木中
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昭和20年
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鑑賞日
2004年 10月18日 |
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枯木林の中を歩いていると、老犬がやってきて、匂いを嗅いでから、去って行った、というのである。何だか愉快である、と同時に野生という事への郷愁がある。 ここでは犬のほうが主人公なのであって、犬が人間を吟味している。さしずめ「こいつは煮ても焼いても食えぬ」というかのように去って行ったとも取れるし、「まあ、何だか分けの分からない物だが、害にはならないようだ」と判断したとも取れる。このあたりが愉快なのである。 また、嘗ては人間も大自然に溶込んで生きていた存在である、ということを思い出す。動物達や植物達ともコミュニケーションをとるための、言葉以外のある種の自然感覚を人間も持っていたという事を思い起こさせるのである。 |
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