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あぜみちの会結成一〇周年記念講演  パート1(1998.11.22)


癒しのガーデニング(その一)


講師 フラワービレッジ代表 近藤 まなみ
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 皆さんこんにちは。只今ご紹介いただきました近藤と申します。群馬県倉淵村という山の中から、今日ここへおじゃまさせていただきました。
 私たちのやっているフラワービレッジは、全くの非農家からはじめた花屋ですので、目の前にいらっしゃる皆さんの方が大先輩で教えていただくことの方が多いような気がしておりますが、私たちの花屋がいろんなところで『何か今までと違った形態』として取り上げてくださっているので、私がかれこれ一〇年近くやってきた、私なりの農業、そんなものを今日ご紹介させていただこうと思っております。
 今日、皆さんお集まりいただきまして、私の方が教えていただきたいこともあるかと思いますので、私の話はちょっと早めに終わり、皆さんから質問などをいただきながら時間を消化していきたいと思っております。
 作っていただきました資料に、私のこと、私の農場のことも書いてあるのですけれども、私が農場をはじめたいきさつからお話ししたいと思います。
 一〇年前、私たち家族が群馬県倉淵村というところに入って花農場をはじめました。元々私たちが花農場をやろうと思い立ったのは、農業がやりたくてなったということも一つあるのですけれど、それよりは、実は私の兄が、今でいう知恵遅れという分類になるのでしょうが、知的障害を持って生まれ、彼らが働ける場所を作りたいというのがきっかけだったのです。というのも、彼らが働ける場所というのは、すごく限られたところでしかなかったり、もしくは全然なかったりということが、特に親御さんの共通する悩みだったんですね。もちろん私の両親も同じような悩みを持っていたんです。いろんな方が、学生時代からのつてとか、職種だとか、職場を探したり、ネットワークなどを組んでみたり努力していたのですけれども、やはりどうしても彼らがのびのびと働ける場所が少なくて、例えば、工場で仕事をする場合、工場主さんなどのトップの方の理解があっても、実際に作業をする現場の人たちと折りあいがあわなくなったり、意地悪をされたり、作業がついていけなかったりして、彼らが働ける場所がとても少なかったんです。そんなに少ないのだったらいっそのこと自分たちで作ってしまおうじゃないかというのが、私たちが農場をはじめた一番のいきさつだったのです。スタートしたのは一〇年前でしたけれど、考え、思いが家族の中にあったのはもっと前の話になります。
 その当時、ちょうどいろんなものが満ち足りてきて、心の時代と言われはじめるようになりました。衣食住も満ち足りてきまして、心を象徴するもので花なんかがおもしろいのではないかな、ということから、農業の中でも花を選択したのです。でも、やっていくうちに、全くの非農家なものですから、誰も農業の「の」の字も知らないメンバーばかりですので、これではいけないということで、かじる程度ではありますけれども、私が技術面、栽培面のことは勉強してみようかな、ということで大学で園芸を専攻し、その後ドイツのジプラーという花の農場実習生として、一年間研修をしてきました。そしてその後倉淵村に戻ってきまして、農場をはじめたというのがスタートになります。それが今から一〇年前になります。
 そんなことではじめた農場ですから、場所も場所で、中山間の本当に小さなスペースです。規模拡大して、たくさん作ってたくさん儲けて、という発想は最初から全くありませんでした。むしろいろんな人たちが出入りできる農場を作りたいという思いで、農場をスタートさせました。
 スタートは彼らの働く場所を作りたいということがあったのですけれども、かといって施設だとか作業所だとか言う形態ではなくて、農業は農業として確立したうえで、いろんな人たちと彼らも一緒になって、彼らが中心になってできるようなスペースを作りたいと思ったんです。彼らだけが、山の奥の方に隔離されて仕事をしているというスペースではないのです。ですから私の農場は、農事組合法人という一花会社としての形を最初から取っています。
 福祉と関係するというのは、たまたま彼らがそこを職場として働きに来ているという地盤だけであって、何も福祉作業所でも病院でも施設でも何でもありません。
 私の職業というのは、皆さんと一緒の農業人です。そういうことではじめた農場ですので、いろんな人たちが出入りできるいろんな仕事のある農場づくり、それが作物にかかってくるのです。農業というものは、そのなかに普通の工場のラインで作ってるよりは、自然とふれあえたり、土をさわれたり、鳥の声が聞けたり、太陽の光を浴びながら作業できたり、すごくいいことがたくさんあるなあということを何となく分かってスタートしたのですけれども、やり始めてみたら、私が思っていた以上に、農業がもっているすばらしさというのは、ものすごく大きなものがあることに気がついたのです。いろんな場面に発見があったんです。そのことをお話していきたいと思います。
 まず農業のもっているすてきな部分の第一面というのは、誰でもが何かしら必ず作業があるということだと思います。私の農場は、いろんな人たちが出入りできる農場ということでやってきましたけれども、彼らはやはり仕事ができるところとできないところがあるんですね。工場ラインでしたら自分のもっている分野ができなければそれでもう首になってしまうのですが、農業はそうではないんです。例えば水やりができなかったらゴミ捨てをする作業がありますし、ゴミ捨てをする作業がどうしてもできなくても定植をする作業ができたり、定植をする作業はちょっと細かくてだめだけれども、肥料をやることならできる。これは、私なんかよりよっぽど正確に、例えば化成肥料を一ポットに三つずつ入れてください4つずつ入れてくださいというと、私なんかはいい加減にぽこ、ぽこ、とやってしまうのですけれども、彼らは違って一個づつ三つずつきちんと 一つの落ちも無くやってくれるのです。そんなことが肥料やりの天才だったりするわけです。あとどうしても土に触れられない人の中でも、例えばうちの作業の中では生産ということではなくて、それの販売加工というようなことも仕事の中にありますので、花を摘む作業が仕事になっていったり、その中で、例えば花を摘んだものをドライフラワーにすることが仕事になっていったり、いろんな作業が農業の中に含まれているんです。誰でもが必ずどこかに作業があるっていうのが、農業のもっているすごく大きな魅力の一つかな、というのがこの一〇年の中に、ことあるごとに感じて来たことの一つです。
 そのほかにも、作業ということばかりではなく、最近農業のもっている多面性とよく言われているんですが、農業の持っている魅力というのはたくさんあるんですね。うちのスタートは福祉と園芸ということをテーマにしてきましたので、福祉に関係することは極力含めてきたつもりですが、今この時代は、障害者というレッテルを貼らないまでも、精神的な病だったり、何とか症候群とか、何とか症とか、病気ではないんですけれども病気にされてしまっている人たちがものすごく多くて、そういう人たちが一般の会社で働けなくなったり、今まで働いていたところでお勤めができなくなったり、人とのコミュニケーションがうまくいかなくて仕事ができなくなってしまったり、という人たちがすごく多いんです。そういう人たちが自分でできることがある、自分が役に立っているというような楽しみの中で仕事ができるという職場づくりに、農業っていうのはすごく生かせるんですね。福祉と園芸という接点の中でも、農業というのはすごく役割があるのだと思います。 そのほかに、自然の中で作業ができるとすごく気持ちがいいということをお話ししましたけれども、健康ということでは、今わざわざジムに通ってアスレチックをしたり一生懸命汗をかいてダイエットをしたりとかいう人もいますけれども、農作業はそんなことみんなひっくるめてその作業の中に入ってしまうんですね。もちろん農業を本職でやられている方は、「そんな健康なんて、度が過ぎてむしろ体を壊してしまうわ」なんて言う方もいらっしゃるようなんですけれども、もっと全般的に広い面で見てみると、農業って健康にとってもいいんですね。ですから健康という面でも、農業というのはすごく力を発揮してくれるのかな、という気がします。
 そのほかに環境ですね。ここもとっても緑が多いスペースで、やはり緑を見るとホッとすると思うのですけれども、そんな経験は皆さんの中にもおありかと思います。農業、これは環境を作っているんですね。農業が無くなってしまうと農村の風景というのが崩れてきてしまいます。知らないうちに、私たちが農業をやっている中で農村という風景が作られているんですね。そんな中でやはり環境という問題にもすごく接点があると思います。
 そのほかに教育。これが意外と大きいんですね。最近低年齢化している事件が多いんですけれども、殺人とか命の尊さみたいなことを知らない子供達が増えてきたと言われています。またそれに伴う事件も多くなってきているんですけれども、彼らにこの命を育てるということを経験させることによって、その命の存在というか、尊さというのを解らせることが、この農業を通してできるんですね。なかなか子供を育てるということは難しいんですけれども、植物を育てるということが教育に大きな役割を果たしていると思います。私の農場にも時々小学校五、六年生の人たちが農業体験学習などと称して、半日ぐらい農業を手伝いに来るんですけれども、最初はそれこそ土をいじるのがいやだったり、堆肥が牛のうんちだよ、なんて説明すると「ひえー」などと、すごくいやな顔をしているんですけれど、それがたった二時間、三時間ですが、最後は土を一緒にぐじゅぐじゅまぜて、お花をきれいに植えて、花壇を作っていったりだとか、自分が植えた花が咲いているかどうか、そのあとを見に来たりだとか、作業をするときにお花を折ってしまったら、そのお花を大事にもってかえったりだとか、そんなことが、たった二、三時間のうちに生まれて来るんですね。これがもっと長期間だとか、身近に自宅で種をまいたり植物を育てることを経験させることなどで、いろいろな教育という場面のところにも農業というのは役割が大きいような気がします。それをもっと私たちは意識して、いろいろな場面で生かして行かなくてはいけないのかな、という気もするんです。
 そのほかに、うちの農場では一番大きいのではないかと思うんですけれども、コミュニティー、交流の場になり得るんですね。うちの農場をちょっとご説明しますと、スタッフとして私の家族が五人、そのほかに知的障害とか障害と認定されなくても、ボーダーラインと言いますか、なかなか他へお勤めに行くのが難しいといわれる方たち五人ほどいらっしゃっています。また、村のいわゆるパートだとかアルバイトの方だとかが一〇人ほどおります。さらに海外実習生ですね。ドイツ、スイスあたりが多いんですけれど、今年は先週帰ったばかりなんですが、だいたい一年間のプログラムで毎年一人ずつ来ています。そのほかに実習研修生という形で二、三人ずつ毎年来るでしょうか。これ、面白いんですね。今農業は大きな問題を抱えているだとか、農業を離れていく方が多いとかいわれているんですが、うちの農場には農業がやりたいという方がいらっしゃるんです。いっぱい来るんですね。何で農業をしたくない人が多いと言われているのに、うちばっかりに来るのかな、という気もしますし、本当に農業がやりたくないと言っている人が多いのかな、と思うくらいうちは本当に農業がやりたいんだという人が多いんです。自分で農業をやり始めたいんだという、農家ではないけれどもうちみたいに新規就農で新しくはじめたいんだとか、農業がやりたくてやりたくてしょうがないんだというような人が多いんですね。それも若い方で。ですから本当に農業離れというのは進んでいるのかな、という気もするんです。そんなことで日本人の研修生も二、三人来ます。そうすると、計算すると何人でしょうか。二〇人前後になるんでしょうか。うちのフルメンバーというかスタッフとよばれる二〇人のメンバー以外にも、シーズンになるとボランティアと称していろんなグループの方たちが来たり、先ほどの小学校の子達が半日来たり、遊びに来たりもします。すごくいろんな人たちが出入りしているんですけれども、これが知らず知らずに交流というかコミュニティーの場になってしまっているんですね。村の方たちも半分農業をやっている方、自分の食べる分を作っているというお年寄りの方も、お手伝いに来ていただくんですけれども自分のところの畑でやっていると、一人で作業をするわけですね。もしくは愛する旦那様と一緒に作業をするわけですね。ずっと一日いると会話が無くなってしまうんですね。ですけれどもここの農場に来ると笑うことができるよねっておっしゃったんですよね。ああそうだな、同じ作業をしていても一人で笑っていたら気味が悪いですけれど、みんなで作業をしていればそれこそ大きな声で笑ったりわめいたりお話ししたりすることができるんですね。それが楽しくて農場へ来てくださる方もいらっしゃいます。そんな中で知らず知らずのうちにコミュニティーがとられていて、もちろんコミュニティーは遊ぶ場ではなくて、仕事の場ではあるんですけれども、それがコミュニティーの場につながっているんですね。これ、なかなか工場作業で単一のものだけを作っているんだったら難しいのですけれど、農業という仕事だからこそみんなでコミュニケートをとりながら作業ができるんじゃないかな、という気がしています。これも農場で、農業がもっている大きな力なのか、という気がしてなりません。
 先ほども障害を持った方が5人ほどいると言いましたが最初は彼らがやはりシャイなんですね。なかなか初めてあう人たちと話ができなかったり、どこかに逃げていってしまったり、挨拶ができなかったりしたんですけれども、彼らが一緒におばさんや新しく来た実習生達と一ヶ月二ヶ月作業をしてくると、どんどん言葉がでて来るんです。彼らにとって言葉をしゃべらせているというのは、農場というバックがあるからという気がしているんです。うちの農場の作業の中には一〇時と三時にお茶のタイムがあります。このお茶の時間が作業の中にきちんと入っているわけなんです。これがみんな楽しみの一つで、最初は人と話すことがいやだから、どこかに行ったり来なかったりする子が、最近、時間になると「お茶だよー」なんて率先していろんな人に声をかけてくれて、一番最初に席についているんですね。そんなことが農業の中にはあり得てしまうんですね。これはもちろんいろいろな周りの人たちの理解もあるんですけれど、やはり農業がもっている大きな力なのかな、という気がしています。もちろん効果を期待して農業をするわけではないのですが、そんなことが結果として私の農場ではいろんな場面に行われてきたり発見したりすることがあるもんですから、農業が持っている力は私たちが思っているよりもっと大きい、すばらしいものがあるんじゃないかな、という気がしてなりません。もちろん大規模農業で大きく機械化して、とてもたくさんお金を儲けてそれでやっていけるんであればそれもすばらしい農業ですし、それはそれで、一つの農業の方法だと思うんです。だけれども、私の農場ではそういう農業ではなく、むしろ今お話しさせていただいた、福祉、健康、教育、環境、コミュニティー、そんなことを含め、一緒にやっていく中での農業が私の農場のやっている農業なんですね。特に中山間地、大規模農業ということが見込めない、またそんなことで効率化していく農業というのがどうしてもやっていけない現状の中で、これからの農業の形というのは、もっと違った農業の多面性というものに目を向けると、もっといろんな広がりがでてくるのかなという気がしています。
 今日はビデオをもってきました。私が宣伝したわけでもお願いしたわけでもないんですけれども、私たちのやっている農業というのが、どうも他と違うらしくて、いろんな方たちが取材に来てくださいます。そんな中で、テレビ取材してくださったものがあります。私がしゃべるよりそれを見ていただいた方が、うまくまとめてあるような気がしますし、農場の風景もおわかり頂けるかと思います。ちょっと二〇分ほどそのビデオを見ていただこうと思います。どうぞ後ろの方、見えにくければ前の方へ移動していただければいいかと思います。それではビデオお願いします。
(続く)

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